後藤典生住職の法話

本物の京都を世界に─目指すべき観光誘致─

 観光客の海外誘致活動をはじめて七年、三十回を超えた。
 京都人は、京都は世界で最も有名な町の一つであると思っているし、私も思っていた。ところが誘致活動をしてみると、ほとんど知られていない。「京都は東京のそばにあるのですか、大阪のそばにあるのですか」と問われることが多いのには、がっかりする。
 国際会議、大型団体の誘致をすると、京都にはその会場が無く、一万人規模の誘致はおろか、三千人規模の団体ですら一度に会合し会食をすることは困難である。相手は「田舎の町から誘致活動にきたな」というような顔をする。会議場も宴会場も持たずにどうして大型団体の誘致が出来ようか。
 価格競争も峻烈を極めている。韓国に誘致にいけば、釜山から博多別府への二泊三日の旅行は三万円を切るのに、京都へは何故六万円を切ることができないのかと言われる。京都のホテル、料理屋、観光施設はかなりの努力をしているが、関空の発着料、「はるか」の特急料金など固定されたものを合わせると、九州とは競争できない。最近は北海道・東北・沖縄などとも価格競争に入っている。
 国内だけではなく、外国との競争も厳しさを増している。中国は韓国に対し三万円を切る価格で、香港・マカオは一万円台の価格で逆に中国に対し誘致活動をしている。私は、これらの国、地域とは価格競争では勝つことは出来ないとあきらめた。
 京都への旅行は量から質へと変更させる必要がある。
 去年十二月と今年二月に香港とマカオに観光客誘致に訪れた。かっては大人の趣があった高級ホテルのロビーでは、大勢の子供が大声で走り回っていた。ガイドさんによると、旅行費用を安くした結果、今や中国からの家族づれのお客さんが香港とマカオの観光経済の一翼を担っている。
 京都はこのような方向性をとるのではなく、身の丈にあった観光客誘致を図るべきである。
 一年間に旅行費用を一億円使う人は世界で十万人を超え、金融資産(自由に使える現金)が一億円以上ある人は七七〇万人を超えた。このような人々をラグジュアリー層という。
 私の周りにこのような人がいない為、今まで気がつかなかったが、この人々を放っておく手はない。
 ラグジュアリー層というのは単にお金持ちで浪費家ということではなく、彼らは本物を味わいたいと思っている層である。当然厳しいサービスを要求するし、本物の文化、もてなし、買い物、料理を要求する。
 京都は、大規模誘致や価格競争では勝てないが、ラグジュアリー層を引き付ける魅力は十分に持っている。経済産業省もラグジュアリー層に対するアプローチの研究会をこの十二月から発足しようとしている。
 京都市長のいわれる五千万人構想(多くの人々に来ていただきたいという構想)にも協力するが、量から質の変化こそ京都の生き残りであることも知ってほしい。
 行政だけでなく観光に携わる全ての人々が、いまこの層に英知を絞りだせるかが問われているのである。
(「京都新聞」2006年12月26日付夕刊、コラム「現代のことば」)

(掲載:2007/01/15)