後藤典生住職の法話

托鉢

 修行中の雲水はいい顔をしている。
 修行を終え寺に入った僧侶からは修業時代の顔が失われていることが多い。
 どちらが本物の僧侶かと聞かれる。
 どちらも本物である。
 ある寒い冬空、10名程度の雲水が「ほーほー」といって托鉢をしていた。
 若いお母さんにつれられた5歳ぐらいの男の子が初めて見たのか驚いた様子で「あれは何」と聞いた。
 するとお母さんは「お金を下さい、お金を下さいといって回っているのよ」と教えていた。
 修行中の雲水は尊いものである。
 雲水の楽しみは腹一杯食べること、思う存分寝ること等、世間から見れば誰でも手に入ることばかりであるが、雲水には自由にならない。だけどいい顔をしている雲水。
 ものが足りるということが、必ずしも人を幸せにし、いい顔にすることを意味しない。