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一億総評論家という時代である。
人々は実によく外のことを学んでいる。
ところが最高学府で学んだ人でも悪いことをし、新聞に書かれている。
本来なら最高学府を出た人ほど優れていなければならないのに。
知識はあるが智恵がない。
外のものに対しては驚くほどの知識をもっていても、自分の内にあるものは少しも磨かれていない。
求めるものが間違っているのではなかろうか。
仏教では道を求めることが大切である。
道はどこにあるのか、道は日常にある。
日常の一挙一動が道でなければならない。
一日の生活のなかで自らを磨かずして、外のものをいくら得ても何もならないのである。
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