document.write(" 戦後まもない頃、米国人は日本人を見て「日本人は貧しいけれど、気高い国民である」といった。「美しい国 日本」とは、正にこのような国ではないだろうか。
 今日、日本人は貧しいといわれることはなくなったが、気高いといわれることもなくなった。戦後60年日本人は多くのものを得たが、失ったものも多い。
 月を調べ、探究しても月にはなれない。仏教を学び、研究しても仏教の心にはなれない。仏教では知識を得ることよりも、心を得ること、生き方、在り方、人間の品格が問われるのである。
 「国家の品格」を書かれた藤原正彦氏とお話しした。
 私は、国家に品格があるかは、国家がどうあるべきかではなく、国民が人間の品格をもつかどうかにかかっていると考えている。
 そこで、仏教徒として、どのような人であるべきかを語りたい。
 仏教徒であると胸を張っていえ、神仏を尊び、祖先を敬う心を持ち、深々と仏様に頭を下げられる人。
 生きることにも死ぬことにも、こだわらない人。苦しいことにも楽なことにも、こだわらない人。
 腹八分目で辛抱する人。
 勢いはあるが、それをセーブできる人。怒りを捨て、恨み心を制御できる人。
 幸福を独り占めにしない人。
 石頭でなく、間違った相手をとことん追いつめない人。心の自由な人。
 眼光は鋭いが、目に涼しさのある人。忍び耐えることが出来る人。
 道を求める人。自己に勝てる人。働くことを嫌だと思わない人。自分の行いに反省が出来る人。愚痴を言わない人。放逸、愛欲に溺れない人。
 物事に対して一心不乱に取り組み、困難なことほどやり抜こうとする人。目標を持ち、それに向かって手抜きをしない人。いつも自分は半人前であるとおもっている人。
 物事を楽観的にとり、物事にとらわれずこだわらない人。人生にくよくよしない人。
 自己のものを他人に供養できる人。他人に優しく、自分に厳しく、責任を自分のこととし、相手に転嫁しない人。
 フェアー(公平)で差別のない人。他人を大切にし、他人を愛せる人。全ての生き物を大切にする人。自分と他人を比較しない人。相手の行為を悪く考えない人。他人に利益を与える人。命あるものを損なわない人。人の言葉を率直に聞ける人。生かされる自分を知っている人。ありのままの姿を出すことの出来る人。
 人に対して親切にしていると言わない人。裕福でも裕福な素振りを見せない人。
 いつも活き活きと生きている人。裸になっても光り輝いている人。今生きていることに感動を覚える人。
 足ることを知る人。願いのある人。外には求めず、内に求める人。
 質素を愛せる人。ものをどんどん捨てていける人。貧しくても気高い人。
 言うは易く行なうは難し。
 人間の品格を語ることは出来るが、なかなかそうはなれないし、持続するのはもっと困難である。だから仏教徒の修行は終ることがないのである。
 美しい国であり続けるためには、国民の品格を失ってはならないし、持ち続けるという国民の努力、意思が問われているのである。
(「京都新聞」夕刊、コラム「現代のことば」)

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